『藤子・F・不二雄 大全集』発売記念に『藤子・F・不二雄全短編(全三巻)』を振り返る (上)
『藤子・F・不二雄 大全集』発売記念に『藤子・F・不二雄全短編(全三巻)』を振り返る (上)
<あらすじ・概要>
2009年7月24日から2010年6月まで、小学館より第1期全33巻が発売される予定。長らく絶版状態だった『オバケのQ太郎』、『海の王子』、『ジャングル黒べえ』がここで復刊されることになった。また、2010年8月以降、第2期が刊行される予定で、大全集は第2期をもって完結する予定。仕様はA5判・並製、各巻定価1155円~1890円、各巻300~770ページとなっている。全巻購読者には「Fnote」という画集がプレゼントされる。アイデアメモや下書き原稿などが収録予定。
『藤子・F・不二雄 大全集(公式HP)』が今月の24日から発売です。今回は記念に少し不思議な物語、『藤子・F・不二雄全短編(全三巻)』を振り返ってみようと思います。
劇画・オバQ タイトルから藤子不二雄ファンを頗る興奮させてくれますね。今作は本編の15年後が舞台。ハゲの親父が若者を脱サラに誘っているところから物語は始まります。少しノリ気な若者の元へ、正ちゃんこと大原正太を尋ねるQ太郎。自分こそが大原正太であると名乗り、二人は再開を果たすのでした。

再開を果たす二人
因みにハゲの親父はハカセでした。劇画調ということもありますが、正ちゃんがまったくの別人になっているというのもこのエピソードのキモ。思い出に浸りつつも帰宅する二人。 そして待っていたのは奥さんの姿。

正太の奥さん
残念ながら、よっちゃんとは片思いのまま終わってしまったようです。「脱サラ」とか「就職」とか現実的なキーワードが飛び交う今作では、現実は非情であり、幼い頃に片思いした女の子だといっても将来結婚するなんて、恋愛は生易しいもんじゃないという藤子先生なりの教訓なのかもしれません。
驚愕したのは神成さんが他界しているという所。

神成さん…
神成さんと言えば短気で頑固者でドロンパが住みつこうとすれば気難しい性格故追い出そうとしますが、実は情深く、ドロンパと意気投合して居候を承諾するツンデレ。個人的には海原雄山、星一徹に並ぶツンデレ親父キャラで、三人揃えばツンデレ親父の御三家です。
Q太郎は正太家にて居候することになり、正太と一緒に寝ようとするのですが…。ここで邪魔者扱いされている自分に気付き、寂しそうなQ太郎。


寂しそうなQ太郎
また、作中に漂うノスタルジックな空気もこの作品の見所。Q太郎は15年前に住んでいた町に戻るのですが、野球をしていた空地にはビッシリと家が建ち並び、自分の生まれた雑木林がゴルフ練習場になっていたり…。この懐かしい過去の空気と、どことなく寂しそうなQ太郎が調和して妙に泣けます。
そして、そこへ現れたのがゴジラ。なんでも、家業を継いで乾物屋の主人になったんだとか。そして、Q太郎が帰ってきた記念にゴジラの家にて仲間を集めて飲み会をすることに。

飲み会
飲み会でアツいのがこのセリフ。
「いろんなユメをもってたっけな……それが大人になるにつれてひとつ、またひとつ消えて……」
「そこだっ!!なぜ消さなきゃいけないんだよ!大人になったからって…ぼくはいやだ!自分の可能性を限界までためしたいんだ!そのためにはたとえ失敗しても後悔しないぞ!」
さらに、ハカセのセリフに心打たれた正太はこう言います。

ハカセの話にノリノリ
「ハカセ!ぼくはひきょうだった!君の計画に参加させてくれ!」
しかし、ハカセは奥さんの事が心配な様子。すると正太は続けます。
「つべこべいわせない!だまってついてこい!これでおしまいさ!」と、良いセリフに聞こえますけど酒の勢いで人生を簡単に決めてもよいのでしょうか。

みんな賛同
飲み会面子が全員この話に賛同。ハカセが相手ですし、多分脱サラは失敗に終わるんでしょうけどね…。
後日、二日酔いで目が覚めると昨日の話を奥さんにすることを忘れていたので、出勤前に相談を持ちかけようとする正太。すると、奥さんが子供が出来たと正太に報告。脱サラの事なんか完全に忘れていつも通りに出勤する正太。
「そうか…正ちゃんに子どもがね……」
「ということは……正ちゃんはもう子どもじゃないってことだな……な……」

大原家を後にするQ太郎
寂しい背中とオバQ王国の旗が作品の寂しさ拍車をかけ、いい歳して泣いてしまいました。子供(正太たち)が大人になるため(既に大人になってしまった)の猶予期間であるモラトリアムと、いつまでも子供であるQ太郎を対比的に描いたとも見れる超名作です。何度読んでも泣ける。
権敷無妾付き 今作の主人公である4人家族の一般家庭を持つ朴念寺清志は会社で「マジメ部長」「カタブツ部長」と揶揄される典型的なマジメ人間。そんな彼のもとに一通の手紙が届きます。

手紙がくるなんてありっこないものね
カタブツの自分に女性からの手紙が来るなんて事はあり得ないと思いつつも待ち合わせ場所に行ってみるのですが、手紙の差出人は妾付きのセカンドハウスを売りつける謎の業者でした。
このエピソードの凄いところはオチに有名なイソップ寓話である「狐と葡萄(すっぱい葡萄)」を引用して清志の心情を間接的に表しているところです。本当は妾が欲しかったのに「妾なんて低俗なものだ」とみなしているという事なんですが、つまりは欲求不満を合理化して自分の都合のいいように正当化したってことなんでしょうか。そう考えると、
「ほんとにいい御主人で奥様おしあわせね」
「さあねどうですかしら……」
という、ラストの妻と隣人との会話が奥深く感じられます。
ノスタル爺 終戦後も三十年間、孤島のジャングルにこもっていた主人公浦島太吉。既に戦死したものと思われていたのですが…。叔父と共に久しぶりに帰郷し、妻である里子の墓参りを済ませ、ついでに故郷のあったところへ向ってみるのですが、既にダムの建設により村は沈んでいました。

故郷
ところが、水没したはずの故郷の姿が、昔そのままに目の前に広がります。夢か現実か。それとも太吉の気がふれたのか…。里子に出会い、過去に戻ったと気付く太吉。そして……。
読めば読むほど、伏線、主人公と気ぶりじじいの関係がエピソードを濃密にする作品。噛めば噛むほど美味しい名エピソード。タイトルの「ノスタル爺」というのも凄く上手い言葉の組み合わせだと思います。平伏。個人的には『SF全短編・愛蔵版』1巻の中では後述する「分岐点」と同じくらい大好きなエピソードです。超名作。
里子の死因は不明だけれども、登場人物のセリフから察するに、太吉が帰らぬ人となったと勘違いし、後追い自殺したと考えられます。それを追うようにして死んだ爺は、自分の後を追って死んだ妻を追って死んだことになり、とても皮肉なエピソードとしても読めるんじゃないでしょうか。
ウルトラ・スーパー・デラックスマン 何故か待機室長という、その名の通りただ待機するだけの仕事を任された主人公。その理由はある日突然、機動隊、自衛隊すら蚊が刺したほどにも感じない超人の力を手に入れたからなのでした。無敵の体を手に入れた彼はある日ふと思います。

ウルトラ・スーパー・デラックスマン
「おれの力は世の不正を正せと神があたえたもうたものだ」
「悪をまっ殺するのがなぜ悪い!?」
「ひょっとしておれ一生死ねないんじゃないかと」
「いや死ぬまで死ねないんじゃ……」
このセリフがオチへの伏線となっているのですが、突然力を手に入れたとて正しき方向へ使わなければ当人へ罰が下るという事ですね。自分を正義と勘違いしている悪を描いたストーリー。どんな素晴らしい力を手に入れようとも、それが果して本当に素晴らしいかどうかは当人次第という事なんでしょうか。
メフィスト惨歌 友に裏切られ、そして失業。今度は失恋し…と、踏んだり蹴ったりの高木健の目の前に悪魔が現れます。悪魔と契約すると魂と引き換えに最大3000万円分の願いの取引が可能になるとのこと。

悪魔との契約
悪魔との契約時、心肺が停止しても脳が未だ生きている事もあると、細かい所を指摘する高木。結局「高木健の身体のあらゆる細胞の最後の一個の死亡が確認された時点で、魂の所有者は悪魔に移るものとする」と契約することに。この手の話は悪魔に騙された人間がバチを食らうというのが定石ですが、今回は如何なる終わり方を迎えるのか…。このお話は程よいブラックジョークが効いて笑えるエピソードだと思います。
気楽に殺ろうよ 価値観が逆転してしまう世界のお話。ある日主人公が新聞を取りに行った時、背中に刃物を突っ込んだかの様な痛みに襲われ気絶。そして目が覚めたら価値観の逆転した異世界に迷い込みます(それとも世界自体が変化したとも考えられる)。性欲と食欲の概念が逆転しており、絵本にシンデレラのセックス描写が描かれ、町からはメシ屋が消えるといった感じ。

絵本
そうなると、生と死の倫理感も当然おかしなことになってるわけで。権利書にサインすれば殺人は合法。子供が出来て、その子供が気に入らなければ新しいのを作って古いのは捨てるといった感じ。
このエピソードでは駅で高校生カップルが「こさえよ、こさえよ」なんて言いながら駅のホームで青姦するなんて気が狂ってるとしかいいようがないのですが、価値観逆転しているのであれば、これが普通となるのが凄い所。世界観が平伏するほどよく出来てます。あと、高校生が被写体となったのは乱れた現代の性の倫理感に対する風刺とも読めますね。
医者の説得により、この世界の倫理感こそが通常と認識する主人公。気に入らない人間をさて殺るぞってことになり、そして翌日…

気楽に殺ろうよ
夢から覚めた主人公。背景にラーメン屋、パン屋が普通にあるので元に戻ったわけですが、この男がどうなるのか…。ついでに、異世界にて食事中、「味の素」のパロディネタで「ハジ(恥)の素」に変わってるのも言葉遊びとしては面白いと思います。
分岐点 もしもあの時あちらを選択していれば、もっとマトモな人生を歩んでいられたのに…。そんな事を思ったことはだれでもあると思います。

もしもあの時…
このエピソードでは主人公の「どっかで一度お目にかかったような…」というセリフがありますが、これがオチへの伏線だったり。一見ごく普通の家庭に思えながらも実は、妻がかなり醜悪な嫁で、感情が高ぶれば狂言自殺をしたり。
あと、「結婚すると女は変わるよ」なんてエピソードとも読めますね。「ノスタル爺」同様、噛めば噛むほど味が出てくるタイプの超名作だと思います。2回目に読むと初読で気付かなかった伏線に気付いたり、藤子先生に思わず平伏したくなる程コンストラクションが良く出来てます。個人的には『SF全短編・愛蔵版』1巻の中では一番のお気に入りです。
総括 全体的に良作揃いの全三巻です。一巻だけで900P近くあり、2回3回読まなければ内容を正確に把握できないエピソードもあるので読むのに時間がかかりますが、それだけ没頭させてくれる名作です。自分が読んだ『藤子・F・不二雄 SF全短編』はかなり前に出たものなので入手は困難かもしれませんが、『藤子・F・不二雄SF短編集(上)』が今年の春に発売されたので気になったら是非読んで欲しい超名作です。(中)に続きます。